贄の街 4

 婦人に初めて会ったのは、仲人をお願いすべく上司の吉田の家を訪問したときだった。常に吉田の後ろに一歩控えるような奥ゆかしい女性という印象があった。

 婦人は池村が勤める会社の秘書課にいた。池村が入社する前年、十一歳年上の吉田と結婚して退職した。女性に縁のなさそうな形貌の吉田にしては、美人の奥さんを射止めたものだと感心した記憶がある。一時、社内でも評判になったそうだ。

「子供ができなくてね。俺ももうすぐ五十だし、家内も三十の半ばを過ぎちゃうしなあ」

 そんなことを吉田がいっていたのを思いだす。丸窓の向こうで娼婦のような格好をした婦人こそ、吉田の妻、静代だった。

 驚愕と同時に、心に芽生えたかすかな期待感におののきを感じていると再びドアが開いた。手に鞄をぶら下げた一人の男が入ってきた。

 ボディビルダーのようにがっしりしているが、身長が異様に低い。半袖のTシャツから筋肉が複雑に盛り上がった二の腕が覗く。下半身にぴっちりと張りついた黒いレギンスを身につけている。脚の筋肉はさながら競輪選手のようだ。

 細くした髭が赤みを帯びた薄い唇を一周している。太くて長いもみあげを生やし、角張った顎に髭剃りあとが青々と残る。

 静代は頬を強張らせた。男に背を向けるが全面鏡だ。どこを見てもお互いの姿は視線に入る。
男は唇をほころばせてまっすぐ歩み寄り、静代の前で跪いた。

「奥様、本日はよろしくお願いいたします」

 男は首を垂れた。胯間は砲丸投げの玉でも入れているのではと思えるほど膨れている。それを誇示するためにレギンスを穿いているのだろう。

 部屋番号を告げた金属的な声はこの男だろう。訪れた客の対応もしているのだろうか。子供のように背が低いが、若くも見えるし老けているようにも見える。

 怪しげな鞄の中には何が入っているのだろう。それをベッドの脇に置いた。

「美しいボディをこの腕に抱かせてください」

 丁寧な言葉遣いが薄気味悪い。戸惑う間も与えず、静代の膝の裏に腕を入れて腰を抱いた。静代の躰が大きく揺らぐ。

「あッ」

 声をあげ、怖々と両手を宙に彷徨わせる。無理だ――と思ったが軽々と抱きあげてしまった。聞き覚えのある静代の声に胃袋がきゅっと収縮する。

「私は人妻の、特に奥様のような女性の、体の重みがとても好みなのです」

 芝居じみた男の言葉。

 窓に触れてみたがこれも水族館のガラスように分厚い。声はモニターから聞こえてくる。吐息までもマイクは拾っていた。

 静代を抱いたまま楽々とベッドのまわりを歩く。観客に見せるためだ。モニターが切り替わる。

「もう我々に慣れましたか」

 答えなかった。顔を背けて唇をかみしめている。男は静代に複数の相手をさせている事実を告げた。

 静代をベッドに横たえた。「中央付近にお座りください」と、丁寧だが有無をもいわせぬ指示。破廉恥な下着を気にしながら起き上がり、両手で体を抱いたまま正座した。

 男はうれしそうな顔を見せながら、いきなりTシャツを脱いだ。筋骨隆々の上半身が現れたとたん静代は目を伏せた。オイルでも塗っているのだろう、男の体が光っている。

「彼らと比べていかがでしょう」

 ポーズを作って力こぶを見せ、自分の体を自慢している。池村はおぞましさを感じた。

「奥様をがっかりさせないように毎日鍛えているのです」

 静代を相手にするのは今日が初めてのようなニュアンスだった。男は軽業師のようにひょいとベッドに飛び乗った。おののく静代の前に立つ。

「どうぞ、下ろしてください。奥様のランジェリーはあとで僕が」

 正座する静代と背丈はおおよそ同じだ。男は両手を腰にあてた。それが合図であるかのように、静代はタイツに手をかけた。視線をそらしてタイツを下ろしていった。

 どろんとペニスが垂れ下がった。まるで三本目の足のように、それは膝下まである。静代の息を飲む音をマイクが拾った。その大きさと陰毛のない胯間に驚いたのだろう。

 モニターのクローズアップを見て剃ったのではないと思った。もともとないか脱毛したのだ。すね毛もない。力こぶを作ったときも脇の下に毛が生えていなかった。要するに生えている毛は髪と眉と髭のみだ。全身がつるつるしてる。

 ペニスはどす黒く黒光りしている。淫水焼けというものがあるとするならば、まさにこれだ。大きさも一般の男性よりも明らかにでかい。静代は視線のあて処のない瞼をしばたたかせたいる。

「ビデオを拝見しました。とても美しい。実物はそれ以上で感動しています」

 男らに抱かれている映像は当然あるだろう。静代の顔がこわばる。短い腕を伸ばして肩に触れるとびくっと躰を震わせた。

「美婦人になで肩が多い」

 いい加減なことをいいながらうなじを撫でる。静代は白い喉を上下させた。目の前で巨根が揺れている。

「首も細くてとてもなめらか」

 静代の手を取る。手のひらの大きさは違うが握力は雲泥の差だろう。

「柔らかい手。指もこんなに長い。粘膜を引っ掻かれると痛いですから爪は短く」と、指先を子細に確認して、「結構です」といった。静代のうなじが桃色に染まった。引っ掻かれるのはこの男のどこの粘膜か……まさか。

 続いて頬を両手ではさみ、「吸い心地がとてもよいのでしょう。皆、奥様の唇を奪い合います」と、唇を指先でなぞる。首を振って嫌がるそぶりを見せるが、そうさせない。鼻同士が触れるくらい男は接近する。

「奥様と結合可能な形状にしたいのでお願いします」

 覚悟を決めたかのように静代は固く目をつむった。

 掴んだペニスを上向かせ、垂れた睾丸を手のひらにのせた。が、突然、触れてはいけないものに触れたかのように、反射的に手を離したのである。

 男の赤みを帯びた唇は、横から見た皿のような曲線を描いている。男がツイと顎をあげた。静代は慌てて手を伸ばす。無言の指示だ。急に手を引っ込めた理由がわからない。

 男に見られるのを嫌がるように顔を伏せ、首を傾げながら唇を開き、舌を伸ばして、先端からするっと吸い込んだ。

 満足そうな顔で、静代の束ねた髪を解きにかかった。長い髪がばらけ静代の顔を覆い男の股間を撫でる。静代の額のから十本の指を差し込んで、髪を後ろに掻きあげた。頬をへこませる静代の顔が露わになる。

 初対面の男相手にいきなり口で奉仕をするまでに至る過程を思うといたたまれない。

 吉田の家に一歩踏み入れたとき、まず感じたのは香りだった。帰る際、静代と至近距離になったときに気づいた。高尚な香りは芳香剤などではなく静代の体臭だった。男の鼻はそれを感じているはずだ。

「口から出しなさい」

 男は命令口調でいった。

 美婦人が極上の刺激を与えているにもかかわらず勃起しない。静代は緩やかに首を振りながら、口から引きだしていった。ペニス全体が唾液で光った。指の甲でそっと唇をぬぐう。

 男は静代の長い髪をかき集め、頭の上で束にした。

「これを納める肉壺を見れば可能になるかもしれません」

 男は横に引いた。痛みを感じたのか静代は顔をしかめる。掴んだ髪を離さずに、「横に」と、指示する。ぞんざいな扱いだった。他の人間からもこんな扱いを受けているのだろうか。静代が指示に従うと、髪を離して床に降り立った。

「お尻を広げやすい姿勢になってください」

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